生活習慣病の予防 -28ページ目

糖尿病の予防

 糖尿病の危険因子として、肥満、糖尿病の家族歴(2親等以内に糖尿病の人がいる)、過食、運動不足、加齢、男性(女性に比べ)、飲酒、喫煙があげられます。飲酒の糖尿病に対する危険度には人種差があり、日本人では危険因子と考えられます。
 また、検診で血糖値や尿検査に関し要精密検査と言われ、糖負荷試験(75gのブドウ糖を飲み、飲む前後で採血を何回かする検査)で境界型糖尿病と言われた人ももちろん糖尿病予備軍です。
 食事療法、運動療法により危険因子を解消すれば糖尿病は予防できます。食事に関しては、高脂肪食(揚げ物、てんぷら、カレーなど)がエネルギー過多になりやすく危険。男性では飲酒、女性では間食やフルーツ取りすぎなども要注意です。早食いや不規則な食事(夜遅い食事など)も避ける必要があります。清涼飲料水の過飲で極端な高血糖になって昏睡に陥る事もあります(清涼飲料水ケトーシスという)。
 ただし、糖尿病の中には、膵臓のインスリンを分泌する細胞(ランゲルハンス島のβ細胞)が自己免疫によって破壊されてしまう糖尿病もあります。1型糖尿病といいますが、これは生活習慣病ではありません。大多数の糖尿病は2型糖尿病といって、生活習慣によって発生する病気なので、予防が可能です。

増加する糖尿病

 経済の発展と共に、食事習慣が欧米化し高脂肪食が好まれるようになり、また交通手段の発達により運動量の低下がみられるようになったことにより、日本人の糖尿病の有病率は年々増加傾向にあります。
 1998年3月に発表された厚生労働省の糖尿病実態調査では、日本国内で糖尿病が疑われるものが690万人、糖尿病の可能性を否定できないものも合わせると全人口の10%を超える1370万人にも達すると推定されています。
 また、糖尿病の有病率の増加に伴い、糖尿病に固有の3大合併症(網膜症、神経症、腎症)および糖尿病も大きな危険因子となっている動脈硬化性の疾患(狭心症、心筋梗塞、脳梗塞、閉塞性動脈硬化症)が増加しています。
 糖尿病性網膜症は後天的な失明の原因の1位であり年間3000人以上が新たに失明、また糖尿病性腎症は腎不全の原因として1位となり透析療法が必要になる人が年間約1万3000人(新規透析導入者の約30%)に達しています。
 このような情勢の中で、糖尿病発症の予防や早期治療が重要になってきています。

抗うつ薬で太るか

 内科診療をしていると、神経科領域の薬、major tranquilizer(統合失調症で使う)や抗うつ薬を飲んでいると太りやすいのではないかという印象があります。
 Medlineという医学文献検索システムで抗うつ薬について調べてみると、3環系抗うつ薬は太りやすく(imipramine)、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(fluoxetine)ではそうではなかったという報告がありました。作用機序は不明ですが、やはりレプチンを介している可能性が考えられます。

禁煙すると太るか

 禁煙すると太るか。経験的に分かっているように、答えは残念ながらイエスです。
 1999年にMetabolismという雑誌に、禁煙すると太るメカニズムはレプチンを介していることが報告されました。レプチンの血中濃度は太るほど上昇しますが(2/10の記事参照)、喫煙者の血中レプチンレベルは非喫煙者に比較して全体的に高いことが分かりました。論文の報告によると、禁煙後半年で体重が平均7%増加しましたが、レプチン血中濃度は体重増加に見合った上昇を示しませんでした。論文の筆者は、喫煙がレプチンの血中濃度を直接上昇させる作用があると結論付けています。
 喫煙がレプチン血中濃度を上昇させるメカニズムはまだ不明です。
 では、ダイエットのために喫煙するか。それが全体的には健康に有害であることは、2/14の記事に記した通りです。しかしながら、禁煙するためには、ニコチンの誘惑だけでなく食欲増進にも立ち向かわなければならないのは、残念ながら事実です。ただし一時的に太ったとしても、禁煙するメリットは長期的には明らかでしょう。

喫煙の3害

 発がん性物質という言葉は今でこそ普通に使われていますが、化学物質によって発がんする事が分かっていなかった時代もありました。世界で初めて化学物質により発がんする事を立証したのは、日本人の研究者です。東大医学部解剖学教授であった山際勝三郎氏が、ウサギの耳にタールを塗り続けた所がんが出来た。これが世界で初めての化学物質による人工発がんです。この歴史的な発がん性物質であるタールがタバコに含まれているのは周知の事実です。
 1985年には、当時国立がんセンター部長であった永田親義氏が、紙巻タバコの煙を緩衝液(血液と考えてよい)に溶かすと活性酸素が発生し、これが体細胞のDNAを障害しうることをNatureという雑誌に発表しました。
 喫煙は、肺、血管、上部消化管(食道、胃、十二指腸)に害を与えます。
 第一に肺ですが、肺がんだけでなく、慢性閉塞性肺疾患(肺気腫など)の原因になります。喫煙は、年をとってから酸素吸入器が手放せなくなる慢性呼吸不全の原因として大変多い。
 第二に、喫煙は動脈硬化のコントロール可能な4大危険因子のひとつです(因みに他の3つは、高血圧、高脂血症、糖尿病)。コントロール不可能な危険因子とは、加齢、男性(女性に比べ)、動脈硬化性疾患の家族歴を有する事などです。
 第三に、喫煙は消化性潰瘍の危険因子でもあり、食道がんの危険因子でもあります。噛みタバコは口腔がんの危険因子でもあります。
 受動喫煙の害については、喫煙者の夫を持つ妻の肺がんのリスクは、非喫煙者の夫を持つ妻に比べて1.5倍という報告もあります。
 よく、酒、タバコと一まとめにされますが、飲酒に関しては少量であればむしろ寿命を延ばすとする報告すらあります。喫煙はまさに百害あって一利なし、ですね。

胃潰瘍の予防法

 胃液は塩酸を含んだ強酸です。私たちの胃粘膜自体が消化されてしまわないために、胃壁の細胞が分泌する粘液の層が重要な役割を果たしています。胃粘膜の表面を覆う粘液の層は、胃壁側から胃の内腔に向かっては酸が通りますが、逆方向には酸が通れないような精巧な構造を持っています。
 胃潰瘍や十二指腸潰瘍は、胃酸が私たちの消化管粘膜を消化してしまう事により発生するので、まとめて消化性潰瘍と言います。消化性潰瘍の発生リスクは何でしょうか。
 日常的に見られる消化性潰瘍の五大リスクは、お酒の飲みすぎ、喫煙、コーヒーの飲みすぎ、解熱鎮痛薬の使用、ストレスです。一旦潰瘍が出来てしまうと、治った後の瘢痕組織は粘液を分泌できないので、周囲の正常粘膜が粘液を分泌しカバーします。従って、しっかり治療しないと再発しやすい。
 再発を繰り返す胃潰瘍は、ヘリコバクター ピロリという胃酸の中でも増殖できる細菌の有無を調べ、ピロリ菌が居る場合は除菌すると再発しにくくなることも知られています。
 生活習慣に注意し摂生するだけで、かなり消化性潰瘍は予防できますが、あまりリスクが無いのに潰瘍が出来てしまった場合はピロリ菌の有無を調べましょう。

大腸がんの予防法

 近年、日本では大腸がんが増加傾向にあり、がん死の内訳で3位になっています(1位は肺がん、2位は胃がん)。大腸がんの増加原因は、食習慣の西欧化、具体的には脂肪摂取割合の増加だと考えられています。なぜ、脂肪摂取が増えると大腸がんが増えるのでしょうか。
 脂肪を摂取すると、消化吸収のために十二指腸に消化液である胆汁が分泌されます。胆汁は腸内細菌によって二次胆汁酸に変化しますが、これに実験的には発がん性があることが確認されています。これが第一に考えられる発がんの機序です。また、体内に吸収された脂肪は酸化されると過酸化脂質というものに変化することがありますが、過酸化脂質は活性酸素の一種であり細胞のDNAを障害する可能性があります。これが第二の機序です。
 第二の機序は、本当であれば大腸だけでは無く全身の臓器を障害するはずですが、この説を裏付けるかのような論文が2003年にNew England Journal of Medicineという医学雑誌に発表されました(この雑誌は、臨床医学では世界で最も信頼されている雑誌の一つです)。肥満だけでがんが増加するという報告です。BMIの増加でがん死亡率が有意に高くなったのは、食道・胃(男のみ)・結腸・直腸・肝・胆・膵・腎・非ホジキンリンパ腫・多発性骨髄腫・前立腺・乳房・子宮・卵巣です。
 上記のことから、大腸がんを予防するには第一に脂肪摂取を控え肥満も予防する、第二に便秘を避ける事だと考えられます。もっとも疫学的には便秘と大腸がんを関連づける報告はないようですので、便秘だから大腸がんを心配すべきだとはいえないのですが・・・。便秘を避けるには、規則正しい食生活を送り食物繊維や水分を十分に取る、運動不足を避ける、適正な排便習慣をつける(毎日同じ時間にトイレに行き、排便を我慢するような状況を避ける)といった所でしょう。

やせ薬はあるのか

 1995年にFriedmanらによりレプチンが発見され、体重調節のメカニズムが明らかになってきました。レプチンは脂肪組織から分泌されるホルモンで、視床下部の満腹中枢と摂食中枢に作用し食欲を抑制し、交感神経の活性化を介して基礎代謝を亢進させます。太ると脂肪組織が増加しレプチン分泌量が増え、その結果食欲が抑制され基礎代謝が亢進し体重が減少します。やせると逆のメカニズムで体重が増加します。このようにして体重の恒常性が維持されている事が分かってきました。実際、レプチンの遺伝子異常による異常肥満の症例報告もあります。
 では、レプチンはダイエットに有用な肥満治療の特効薬になるでしょうか。残念ながら、そう簡単ではありません。第一に、レプチンはペプチドホルモン(たんぱく質でできたホルモン)なので、飲み薬になりません。飲むと消化されてしまいます。注射しなければならない。第二に、レプチンは食が太いとか細いといった長期の食欲をコントロールしているのだということが分かりました。従って、レプチンを注射しても即効性の効果は期待できず、食事制限と併用するとリバウンドを防ぐ効果はあることが分かってきました(アメリカの治験結果)。レプチンを使用したダイエットにも努力は必要という事です。それでも自分にレプチンを使って欲しい、お金はかかっても構わないという人は、アメリカに行けばレプチン治療を受けられるかもしれません。日本国内では、脂肪萎縮性糖尿病やレプチン遺伝子異常症といった特殊な病気を除き、法的に難しいでしょう。レプチン遺伝子異常症は国内では症例報告がありませんが。
 短期の食欲を調節しているのは、胃や小腸から分泌される消化管ホルモンです。こちらの関連薬剤の方が、即効性のある肥満治療薬になりうるかもしれません。

体脂肪率は低いほど良いのか

 過去15~20年の間に、肥満症に関する研究が急速に進みました。脂肪細胞は、ただ余剰エネルギーをストックするだけでなく、いろいろなホルモンを分泌していることが分かってきました。
 なかでも善玉ホルモンとして重要なのはレプチンとアディポネクチンです。レプチンは食欲調節の働きもあり面白いホルモンですが、その話題は別の機会にします。他にも脂肪細胞から分泌されるホルモン(アディポサイトカインという)はありますが、中でも新顔は先月Scienceという雑誌に発表された主に内臓脂肪から分泌されるvisfatinというホルモンです。この話題もまたの機会にします。
 さて、体脂肪は少なければ少ない程よいのか。結論から言うと違います。脂肪萎縮性糖尿病という病気があります。先天的または後天的に体脂肪がなくなってしまう病気ですが、糖尿病、高中性脂肪血症、脂肪肝などを呈します。例えて言えば、収納が無い家だと部屋の中に余計な荷物があふれてしまうといった感じでしょうか。
 脂肪萎縮性糖尿病マウスに、脂肪組織を移植すると病気が治ります。脂肪組織を移植する代わりに、レプチンを投与すると病気は改善しますが完全には治りません。アディポネクチンを投与しても同様で、改善するが完全には治らない。両者を投与するとほぼ完全に治ることから、レプチンとアディポネクチンがアディポサイトカインの中では最も重要だということが分かってきました。
 脂肪萎縮性糖尿病の治療は、国内では京大病院が手がけています。レプチン投与によりかなり改善するようですが、その治療が倫理委員会で承認されるのに2年かかったと聞いています。アディポネクチン投与はまだ行われていないようです。
 上記のような事を考えると、肥満症に対する脂肪吸引治療などは、長期的には体に悪い可能性も考えられ、安易な施術は避けた方が良いように思います。

肥満体質は悪い体質か

 ここ15年ぐらいの間に、肥満のメカニズムが医学的にかなり解明されてきました。肥満のメカニズムなんて過食と運動不足だろうと言われればその通りなのですが、同じくらいのカロリーを摂取し同じ程度の運動量でも、太りやすい体質の人とそうでもない人がいます。そのような体質を規定する遺伝子もいくつか同定されてきました。そのなかの一つに、β3アドレナリン受容体の遺伝子があります。この遺伝子に変異がある人は、無い人に比べ太りやすいのですが、日本人の約30%にこの遺伝子変異が存在することが分かりました。
 肥満は高血圧、高脂血症、糖尿病などを介して動脈硬化に繋がり、心筋梗塞や脳梗塞の原因になります。また肥満しているだけでがんになりやすいことも分かってきています。そんな肥満に繋がる遺伝子変異がなぜ日本人の約30%にもあるのでしょうか。
 人類の歴史上99%以上の時代は飢餓の時代でした。食物が十分に無い環境では、より少ないカロリーで日常の活動ができ、より多くをストックに回せる体質(肥満体質)は生存に有利な体質でした。だからこそ、そのような体質が先祖から我々に受け継がれてきたと考えられます。しかし、現代のような飽食の時代にあっては、その体質が裏目に作用し生存に不利になってしまっています。
 従って、肥満体質(その原因遺伝子は医学的には倹約遺伝子とも言われます)は必ずしも悪い体質ではありません。しかし、肥満体質が生存に有利に働く時代になって欲しくもないものですね。