生活習慣病の予防 -6ページ目

摂食時の中性脂肪合成促進の分子的機序

筑波大学准教授の矢作直也先生に『ニュートリゲノミクスの挑戦 ~脂質代謝と糖代謝の統合的理解を目指して~』と題して講演して頂いた。


TCAサイクルから供給されるacetyl-CoAを基質としてコレステロール合成、中性脂肪合成が行われる。


中性脂肪合成を司る遺伝子~SREBP1c

コレステロール合成をつかさどる遺伝子~SREBP2


SREBP1cが活性化することで誘導される中性脂肪合成酵素は、ACC1、FAS、SCD1など。


SREBP1cは摂食により遺伝子発現がダイナミックに誘導される。そのメカニズム解明の話。


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SREBP1cはマウスで過剰発現させると脂肪肝になるが脂質異常症は呈さない。中性脂肪合成も促進するが、肝臓のLDL受容体の発現も亢進するから。LDL受容体欠損マウスと交配させると高中性脂肪血症を呈する。


ob/obマウスとSREBP1欠損マウスを交配させると脂肪肝が改善。


LDL-R欠損マウスとSREBP1欠損マウスを交配させると動脈硬化が改善。


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SREBP1cのpromoterを活性化させる因子の発現クローニング

→LXRα、LXRβを同定。


転写活性はSREBP1a>SREBP1cだが、食後の誘導はSERBP1a << SREBP1c


食後のSREBP1cの活性上昇はインスリン非依存的。

(STZマウスでの実験;LIRKOでの実験→多少はインスリンも関与あるかも)


マウスの生体内の肝臓でプロモーター解析ができる実験系を作成した。


Adenovirusへ必要な遺伝子を組み込むことが試験管の中でできるようになった。この実験手法の進歩が役にたった。Adenovirusを肝臓へ注入すると、個体間の遺伝子注入量のバラツキは多いが個体の肝臓内では部位によらず均一、個体間の肝臓への遺伝子注入量のばらつきも注入されたadenovirus量で補正することで実用的な実験系になった。


マウスにルシフェリン注入後にIVIS Imaging system(高感度カメラで微量な光を測定)を用いてマウスの肝臓内での遺伝子発現活性を可視化。


Adenovirusでマウス肝臓に入れるSREBP1cのプロモーターをどんどん削っていき、SERBP1cの摂食時の活性上昇に寄与するプロモーター部位がLXREa、LXREbであることが判明。


LXR/RXRの発現量は摂食で不変。


ではSREBP1cの摂食時の活性上昇はどのように調節されているか。


プロモーターを削る実験で判明したこと;LXREa,bの周辺領域も重要→リガンド応答ではない。

さらに細かく削り込むことで、LXRE以外の重要な要素が判明;NuRE (Nutritional responsive element)と命名。GCCCCATTCAGAGCA。NuREの構造は脊椎動物間で種を超えて保存されており、その重要性が示唆される。


NuREに結合するタンパクを同定する方法はいくつか考えられた。


・コンピュータを用いたモチーフ解析 全てを把握することはできない。


・タンパクから;DNA親和性カラムを用いて

・cDNAライブラリから発現クローニング


問題は、いずれの手法でも転写因子は発現量が少なくlibraryにクローンが少ないこと。


結局、自分で網羅的転写因子発現ライブラリ(TFEL)を作成した。

理研マウスの完全長cDNAクローン集FANTOMをpcDNA3.1へ乗せ換えた。

3年かかった。

VEGFプロモーターでHIFがつかまるなどポジティブコントロールにて成功を確認。


これを使ってKLF4、15を捕まえた。

KLF familyは全17種ある。FANTOMにはうち11種があり、のこり6種は自分で補った。


摂食によって動くのはこのうちKLF15だった。

(ちなみにKLF4は山中4因子の一つ)


Adenovirus-KLF15肝臓へ注入にてSREBP1cの摂食応答が抑制された。

KLF15のノックダウンにてIVISにて空腹時もSREBP1c活性が上昇。


ob/obマウスの高中性脂肪血症の一因はKLF15の発現抑制による中性脂肪合成亢進であることも判明。


KLF15のSREBP1cの発現抑制のメカニズム:


LXRαのco-repressorにRIP140、co-activatorにSRC1がある。

RIP140とSRC1は競合的にLXRに結合する。

KLF15はLXRαとRIP140の結合を高める。


ちなみにKLF15はgluconeogenesisを亢進させる→脂質代謝と糖代謝の統合的理解!


ひとつの事が分かると、その数倍の「何が分かっていないか」が分かる。

矢作先生の講演によって、生命の神秘の深淵をのぞきこんだ気がした。

糖代謝におけるグルカゴンの重要性

2015年一部訂正


2型糖尿病に対するインクレチン治療が登場してからグルカゴンの重要性が注目されているが、1型糖尿病においてもグルカゴンは重要であり、グルカゴンは糖代謝で極めて重要な役割を果たしているようだ。


正常者では血糖値が上昇すると血中のインスリン濃度は上昇しグルカゴンは低下する。

しかし基礎実験で、膵臓ランゲルハンス島のα細胞だけを単離し、ブドウ糖を含む液で灌流すると、グルカゴン分泌が促進する。ではなぜ生体内で血糖値が上昇するとグルカゴン分泌が抑制されるかというと、ランゲルハンス島内で隣接するβ細胞がグルコース応答性にインスリンを分泌し、そのインスリンがα細胞に直接作用しパラクライン的にグルカゴン分泌を抑制するからである。


実際、β細胞機能に異常がある2型糖尿病では食後にグルカゴン分泌が抑制されなかったり奇異性に上昇する現象が1970年ごろから知られていた。1型糖尿病も高グルカゴン血症を呈している。


動物実験では、グルカゴン受容体をノックアウトして、その上でβ細胞をすべて破壊しても糖尿病を呈さない。ヒトでは膵臓を全摘すると糖尿病を呈するが、その理由としてエンテログルカゴン(腸管が分泌するグルカゴン)の存在が考えられている。なお、グルカゴン遺伝子そのものをノックアウトしてβ細胞を破壊するときっちり糖尿病になることが報告された(2014年日本糖尿病学会、名古屋大学林ら)。グルカゴン遺伝子をノックアウトするとGLP1もノックアウトしてしまうので、そこがグルカゴン受容体ノックアウトとの違いを生むと考察される。

膵島α細胞のグルカゴン分泌を抑制する物質として既知のものは、インスリン・ソマトスタチン・レプチンである。


膵島でα細胞のグルカゴン分泌を抑制するのに必要なインスリン濃度は、正常な末梢血インスリン濃度のおよそ100倍である。したがってβ細胞が枯渇した1型糖尿病で、外来性のインスリンでグルカゴンを抑制することは不可能である。もちろんインスリンである程度までは血糖コントロールすることができるが、逆にインスリンも枯渇するとグルカゴンの作用によりケトアシドーシスをきたす。2型糖尿病ではインクレチン治療薬が内因性のインスリン分泌を介した臨床上有用なグルカゴン抑制作用を持つ。


ソマトスタチンはグルカゴンだけでなくインスリン分泌も抑制するため2型糖尿病の治療薬にはなりえない。1型糖尿病では治験されたことがあるようだが、副作用が強すぎるため使えないことが判明した。


レプチンは2型糖尿病でも臨床治験されたことがあるが、血糖降下作用や期待された食欲抑制作用が不十分であり市場に登場するには至らなかった。1型で治験されたことがあるかどうかは知らない。ただ、1型糖尿病の方がやせ過ぎると内因性のレプチン濃度が低下し、血糖コントロールが難しくなる可能性は考えられる。もちろん逆に太り過ぎてもインスリン抵抗性が生じ血糖コントロールは難しくなる。こういったことを証明する臨床研究が存在するのかどうかも知らない。調べてみようかな。


文献 Glucagonocentric restruction of diabetes: a pathopysiologic and therapeutic makeover.

Roger H Unger and Alan D Cherrington J Clin Invest. 122(1):4–12, 2012

肺がん病期のN因子

N0

リンパ節転移を認められない状態。

N1

がんが発生した側の肺門部のリンパ節への転移や浸潤が見られる状態。

N2

がんが発生した側の縦隔リンパ節、あるいは気管分岐直下のリンパ節に転移が認められる状態。

N3

がんが発生した反対側の縦隔リンパ節・肺門リンパ節、鎖骨上窩リンパ節、前斜角筋リンパ節への転移が認められる状態。




①横隔神経麻痺あり→N1

②反回神経麻痺あり→N2

辺縁系脳炎とグルタミン受容体抗体

非細菌性・非ウイルス性の脳炎の中に、自己免疫機序による「辺縁系脳炎」が存在するらしい。

グルタミン受容体抗体が陽性となる。

・NMDA-R抗体(卵巣奇形腫への合併が多い)

・グルタミン受容体ε2抗体


抗体測定はまだ研究室レベル。

無酸素運動と有酸素運動、両方やるなら順番はどちらが先が良いか?

スポーツジムに行き、まずジョギングマシーンで汗を流してから筋トレをやるか、筋トレをやってからジョギングマシーンへ行くか。どちらが良いだろうか。


もし健康な人や2型糖尿病の人が体重の減量を目的としてやるなら、筋トレ→有酸素運動が良いようだ。

筋トレをやると血中GHレベルが上昇する。無酸素運動→乳酸生成→GH分泌促進→筋肉生成・脂肪分解へ。GHレベルが高いとブドウ糖より先に脂肪が消費されやすくなる(文献1)。その状態で有酸素運動をやるとより効率よく脂肪が燃焼する。


1型糖尿病でも、先に筋トレをやった方が運動後の低血糖が減り良いようだ。12人の1型DM(平均年齢32歳)の方に、45分ずつレジスタンス運動と有酸素運動をしてもらう。やる順番が血糖値に与える影響を調べた。すると、運動後の低血糖の持続時間や重症度は有酸素運動を先にやった方が大きかった(文献2)。考察には、GH以外にカテコラミン関与の可能性が書かれていた。


文献1:Med Sci Sports Exerc 39:308-315, 2007


文献2:Diabetes Care 35:669-675, 2012

脈圧とタンパク尿

脈圧(収縮期血圧-拡張期血圧)の適正値について質問を受ける事がある。

大動脈弁閉鎖不全症があって脈圧が開大しているのでなければさほど気にしなくても良いだろう、と思っていたが、糖尿病患者に限って言えば、脈圧が大きいと収縮期血圧・拡張期血圧・平均血圧と独立してタンパク尿が増えているという。多変量解析の結果、脈圧13mmHg増加でOR=1.08 (1.01-1.14; p=0.02)。日本人約23万人の健診データベースの解析、宮崎大学/山形大学/東京大学からの報告。


文献: Diabetes Care 35:1310–1315, 2012

ORIGIN試験

6月11日にアメリカ糖尿病学会でORIGIN試験の結果が発表された。


対象:既知糖尿病(82%;内服薬1剤以下でHbA1c 9%未満)、新規糖尿病(6%)、境界型糖尿病(12%)の計12537人。女性35%。40カ国が参加。試験期間は6年強。BaselineでBMI=29、血圧146/84、TCh 190 LDL 112 HDL 46、TG 140、高血圧80%合併、心血管病の既往59%、βブロッカー53%、レニン・アンギオテンシン系薬69%、スタチン54%。


目的:持効型インスリン(glargine)とオメガ3脂肪酸(1g/day)の投与が心血管死亡を減少させるかどうかを検証すること。


結果:心血管死亡率は、どちらも対照群と不変であった。



全体の結果は上記の通り。

インスリン群とオメガ3脂肪酸群に分けて2本の論文がNEJMに発表された。



サブ解析の中では、特に境界型糖尿病(IFG/IGT)のglargine armの試験結果は興味深かった。


IGT/IFGを対象にインスリンglargineをFBG<95となるように投与する。Metforminの併用を認めている。

必要だったインスリン量は体重kgあたり1年後に0.26単位、2年後以降は約0.3単位、6年後は0.33単位。

OGTTで新規糖尿病の発生はOR 0.72と抑制されたが、体重は1.6g増加、BMIで29→30と上昇した。


インスリン量が結構必要だったのが印象的。逆に言うと肥満糖尿病におけるインスリンの効果はこの程度だということ。


追記: 

①ORIGIN研究において、インスリンglargine(ランタス)使用による発がんのOR=1.0であることが発表されたとき、会場に拍手が起きた。糖尿病専門医たちの安堵の気持ちが表れていたように感じた。

②サブ解析の結果はNEJMに掲載されていない。詳しい学会発表はEASDで予定されているようだ。

2型糖尿病における医療の役割

①発症初期に糖毒性を解除する手助けを行い、食事・運動療法のみでの正常血糖の維持を目指す。


②膵β細胞機能が十分でない、あるいは節制が不十分で上記が達成できない場合、合併症のリスクを最小化するために投薬する。


③合併症の早期発見・治療。


2型糖尿病における医療の役割とは、上記①~③ではないか。

ORIGIN研究は②に関する新知見を与えてくれた。

西日本は脱原発を

最近のニュースを見ると、脱原発を提唱する人が増えているようだ。

文化人だと、坂本龍一さん、大江健三郎さんなど。


今回の福島原発のダメージの大きさを考えると、一般常識的な考え方からすると当然かなと思う。

東京では、東日本の野菜などを気にせずに購入する人ももちろんいらっしゃるだろうが、一切買わないという考え方の人も多くいる。例えば、食材の宅配サービスでは「西日本野菜セット」を発売している大手業者もいるぐらいだ。

身の回りに、西日本に転居する人もいないではない。医学の学会でも、招待された海外の研究者が東日本への来日を拒否するため、会場が西日本に変更されたりしているのも事実だ。


もし西日本で福島と同様な原発事故が発生したら、日本にとって致命的な事態になるのは間違いない。国家としてのリスク管理をするのであれば、西日本は脱原発、という選択肢もありではないか。海洋汚染のリスクからは、山脈を隔てた日本海側は脱原発とすべきかもしれない。東北~関東が程度の差はあれど、すでに放射能汚染されているのは否定できない事実だ。想定外のリスクを想定するというのは論理矛盾であり、原発が存在するならば事故はありうる、としか言えない。経済的に激変緩和措置が必要なら、安全管理を厳格化するとともに西日本の脱原発のリミットを明確にしてほしい。国家の存亡をかけたリスク管理と言えるのだから。


追記; 福島の特に居住エリアでは除染を徹底してやるべきなのはもちろんだが、除染が不可能な汚染地帯は農業を断念し、原発もむしろ増設し工業立県にした方が良いのではないか。このような大事故の後は、思い切って政治的に動かないと放射能被害がかえって拡大するように思う。当事者が感情的になるのは当然でありしかるべき配慮を受ける権利があるが、日本全体の利益を考える為政者は感情的に行動してはならないだろう。農業は西日本でやってほしい。輸送コストが多少かかっても購入する人はたくさんいる。


追記2; 海洋汚染を調査し、特定海域の海産物の注意点について国内のみならず国際社会に発表していくことも、日本の責務だろう。事故後の継続的な対応にこそ日本の真価が問われているのではないか。

C型肝炎ウイルスの新薬

HCVのgenotype1bでpeginterferon+ribavirin治療に無反応だった10人を対象に、経口抗ウイルス薬2剤併用療法がおこなわれた(第2a相臨床試験)。結果、1人が副作用(黄疸)で中止となったが、9人が治療を完遂、8週でウイルスが検出できなくなり、12週、24週の治療終了までその状態が維持された。我が国虎の門病院(製薬会社はブリストルマイヤーズ)からの報告(文献1)。


その後、2剤併用療法と、2剤+peginterferon + ribavirinを比較した第2a相臨床試験の結果も発表された。こちらの報告では、2剤併用11人中4人で12週および24週でウイルス消失。2剤+peginterferon+ribavirinでは10人全員が12週でウイルス消失、そのうち9人が24週でもその状態を維持していた(文献2)。


新薬はinterferonにとって代わるとまではいかないのかもしれないが、画期的な報告であることは間違いない。より規模を大きくした第三相臨床試験の結果が待たれる。



文献1 Hepatology 2011 Oct 10. [Epub ahead of print] 

文献2 N Engl J Med 2012 Jan 19;366(3):216-24.