インドキシル硫酸と腎障害
病院内の持ち回り勉強会で、腎臓内科のF医師が担当した回が大変おもしろかったのでメモ。
1.尿毒素について
尿毒素とは、腎機能低下とともに血中濃度が上昇し、測定可能であり、その濃度上昇が臨床症状と関連しており、実験系でもその関連が立証されているもの。
現在80種類あまりが同定されているらしい。
2.尿素窒素、クレアチニンは尿毒素か? →結論; 否
BUN、Creは腎機能障害の指標だが、血中の尿素窒素、クレアチニンそのものが尿毒素ではないようだ。
1972年にMayo Clinicで、ヒトでの実験で(今は許されないだろう)、尿素窒素を静脈注入して血中濃度がどこまで上がると嘔気などの尿毒症症状が出るか調べたことがあるそうだ(1972 Mayo Clinic Proc)。500では症状が出ず、1000を超えると症状が出たそうな。
デキサメサゾン(ステロイド剤)には添加物としてクレアチニンが入っているそうな。デキサメサゾンを静脈注射し、その上流で採血するとクレアチニンが異常高値になるという(Pseudo acute injury secondary to intravenous dexamethasone. 2015 AJKD.)。しかしそれで尿毒症症状が出るということはない。
3.インドキシル硫酸~代表的な尿毒素
腸内細菌叢がトリプトファンを代謝するとインドールが生成し、それが体内に吸収され肝臓で代謝されるとインドキシル硫酸(IS)が生成する。インドキシル硫酸の略号は、最近中東で暴れまわっている凶悪テロ組織を想起させる禍々しい略号だな…。
腎機能低下とともにISの血中濃度は上昇し、腸内細菌叢で生成される証拠としては腸切した透析患者ではISが通常レベルになっているという報告もある(2011JASN)。5/6腎摘ラットにISを投与すると腎硬化を起こすとの報告もある。ISは酸化ストレスを惹起しエリスロポエチン産生を抑制することで腎毒性を発揮するようだ。腸管滅菌するとISを抑制できる(2009 PNAS)、他にオリゴ糖投与でIS抑制とか、ビフィズス菌投与でIS抑制(でもラックBではダメ)などの報告もあるという。
オレキシン講演メモ
櫻井 武教授(金沢大学医学部) 講演要旨
OrexinA→Orexin-Receptor 1 (O-R1)
↘
Orexin-Receptor 2 (O-R2)
OrexinB↗
Orexinは一言でいえば「覚醒の安定性」に寄与。
Non-REM stage 1~4 となるにつれ脳波が徐波化
↗
睡眠
↘
REM
睡眠時間 5hrs vs 7hrs コホート
→ 5hrsでmetabolic syndrome, DM, HT, Alzheimer diseaseが増える
睡眠周期;個人差大、固体内差大 90分周期というのはうそ
自律神経 変動大、REM中は自律神経活性↑↑
REM中; |
前頭前野 活性↓↓ |
大脳辺縁系 活性↑↑ |
|
Visual cortex活性↑↑ |
|
橋REM generator→ アセチルコリン→グリシン→延髄 運動神経↓↓ |
↓
金縛りのメカニズム
Two process model (by フランスの研究者)
S=睡眠負債
C=概日時計
Per2 mutation→超早寝早起き(夕方7時に寝て、朝4時に起床する)
The PER2 gene encodes the period circadian protein homolog 2 protein in humans.
PER2 in suprachiasmatic nucleus(視索上核;概日リズムの中枢)
S factor;複数と考えられる。例;アデノシンなども1 factorだが、アデノシン受容体を壊しても眠る。
アデノシン→視索前野の腹外側核にA2A受容体あり(受容体にA1, A2A, A2B, A3の4種類のサブタイプ)、アデノシン受容体はカフェインの受容体でもある。
GABAergic Neurons in the POA (preoptic area;視索前野) send projections to the arousal related area.
脳幹mono-amin neuron重要。
↓
脳全体にaxon投射
mono-amin neuron
Sleep Center ーーーーーーー| Wake Center
|ーーーーーーー
GABA neuron
カタプレキシー 情動で誘発される脱力発作
ナルコレプシーの1/3に見られる。
メカニズム; REMの時に見られるmotor neuron off機構
ナルコレプシーは自己免疫的な機序によりorexin neuron KO
→non-REM→REMの順番が崩れる。
覚醒からREM睡眠に入ることもあり。
摂食中枢(視床下部外側野)
orexinはmono-amin N. を興奮させる。
Orexin Nはグルタミン酸も作っている。
O-R2 → 覚醒の維持
↘
REMの制御
↗
O-R1
↘
情動記憶
セロトニンは5HT1A-Rを介してorexin↓
BST(恐怖) ↘
Orexin Nへ投射
PVN(ストレス) ↗
オレキシン受容体拮抗薬~新しい睡眠薬
Suvorexant(ベルソムラ®)というオレキシン受容体拮抗薬が睡眠薬として2014年11月に日本で発売された。他国では未発売。2015年1月31日に、開発した製薬会社(MSD)が主催する講演会に行ってきた。
第Ⅲ相臨床試験の結果を解説されたのは久留米大学精神医学講座の内村直尚教授。
第Ⅲ相臨床試験のO28試験は、10022人を対象とした国際共同試験で、日本人も245人含まれる。
入眠作用と睡眠維持作用の評価方法は、主観的評価(Qコホート群)と、一部でpolysomnography(PSG)を用いた客観的評価(PQコホート群)。
<薬効>
客観的評価で見ると、Suvorexant内服により、入眠時間は28分早まり(プラセボでも17分早まる)、睡眠時間は55分延長する(プラセボでも20分延長する)。特筆すべきは、誘発される睡眠の質が従来のベンソジアゼピン系薬剤と異なることだ。ベンゾジアゼピン系薬剤では、ノンレム睡眠が延長され、レム睡眠はむしろ抑制されるのに対し、オレキシン受容体拮抗薬ではレム睡眠が延長し、ノンレム睡眠時間は不変。オレキシン受容体拮抗薬は、中途覚醒時間を短縮している。オレキシン受容体拮抗薬の方がより自然な睡眠を誘発しており、睡眠の質を改善していると言えそうだ。
<効果に関する主観的効果と客観的評価の差異>
主観的効果では、オレキシン受容体拮抗薬の内服期間が1週間→1か月→3か月と延長するほど、入眠作用と睡眠維持作用の評価が改善している。入眠までの短縮時間は、それぞれ-14分→-18分→-25分。睡眠時間の増加は、+29分→+41分→+55分。しかし面白いことに、客観的評価では、単回投与ですでに、観的評価の3か月内服後と同様な効果が表れている。実際に出ている薬効を実感するのに3か月かかるということになる。
<安全性>
①反跳性不眠はなし。
反跳性不眠とは、睡眠薬を中止したときに、睡眠薬を服用する前よりも不眠症状が悪化すること。ベンソジアゼピン系睡眠薬では長期内服後に中止すると一定の確率で認められる有害事象。これがオレキシン受容体拮抗薬では無いようだ。3か月ないし6か月間連用後に服薬を中止すると、入眠作用も睡眠維持作用も消失するが服薬開始前のレベルには戻らない。中止2日目には逆に服薬中のレベルに近づく。内村教授はこの結果を受けて、不眠症が治ったかどうかは、2日間服薬を中止すれば分かる、という表現をされていた。
②退薬症候はなし。
1年間内服後に服薬を中止しても、退薬症候(禁断症状)はない。
③副作用
20%で認めた。傾眠4.7%、頭痛3.9%、疲労感2.4%、悪夢1.2%、異常な夢0.8%。このうち夢関係は、レム睡眠を増加させているためか。ナルコレプシーで特徴的に見られるカタプレキシー(怒ったり喜んだりすると起こる脱力発作)は認められなかった。
④慎重投与
重症のSASと重症のCOPDは慎重投与。
慎重投与の意味;軽症~中等症のSAS/COPDでは、規定量の倍量投与で安全性が確認されている。重症では同様のテストをしていない。
⑤禁忌
CYP3Aを強く阻害する薬剤;イトラコナゾール、クラリスロマイシン、リトナビルはじめなんとかビルたち、ボリコナゾール。
⑥自動車の運転はだめ。
服用の翌朝の自動車走行検査の結果。
<多面的効果>
残念ながらなし。
オレキシンはそもそも食欲を亢進させる神経ペプチドとして同定されているため、血糖や体重への望ましい効果も期待されるが、正常者においては6か月内服で差はなし。血圧も有意差なし。
レム睡眠を増加させ睡眠の質を向上させることで認知機能の改善も期待されるが、DSSTという認知機能テスト(90秒で数字とシンボルを対応させるテスト)では単回投与、3か月投与いずれでも有意差なし(わずかに上昇に見えたが)。
最後に。本記事はあくまでブログ著者の個人的なメモです。正確な情報はメーカーの発表(添付文書等)を参照してください。
オバマケアの失敗
外来で患者さんに本を勧められて読んでみた。
『沈みゆく大国 アメリカ』 集英社新書 堤 未香 著 2014年11月 第一刷発行
本書によると、米国国民に国民皆保険制度を与えようとするオバマ大統領の試み;オバマケアは、完全な失敗に終わったようだ。わが国の国民皆保険制度のありがたみを実感するとともに、日本の官僚制度にも良いところがあるのではと思わされた。米国では、政府機関職員と実業界の交流が盛んといえば聞こえは良いが、一方で自分たちの商売に都合が良い政治のルール作りをしている人たち(回転ドアをくぐる人たち)がおり、米国の制度を改悪することもあるようだ。
我が国の、実業経験のない頭でっかちの官僚にも、存在価値は十分あるのかな。回転ドア制度は、政権交代により政策スタッフが入れ替わるから良い制度だという見方は、甘すぎるようだ。業界は、2大政党のどちらにも大量の資金と共にロビイストを送り込むからだ。
オバマ大統領、残念ながら、米国の医療事情を改善するのには、力不足だったようだ。もっともオバマ大統領一人の責任に帰するのは正しくないのだろう、改善しようとした事は確かなのだから。米国の医師たちには、医療をビジネスとして人倫を踏みにじる保険業界に全力で反撃してほしい。ふりかえってわが国も、国民皆保険制度を維持するために、無駄な医療費を削減する自浄作用が必要なのだろう。
実践的カーボカウント
今日は徳島大学のA.K先生の御講演を拝聴。
実践的な工夫の数々に感動した。
糖質の計算法
ごはん(g) ×40%
パン・もち(g)×50%
麺類(g) ×20%
全粥(g) ×15%
おかずは一律 20g
(病院食のように理想的な量の場合)
外食のおかずは40g
ビール500ml 15g
蒸留酒は微々たるもの
(直径がおはしのサイズの関西風)お好み焼き 80g
カーボカウントで±10gの誤差は血糖コントロールに影響しない(Diabetic Med 26, 279-285, 2009)
インスリン効果値(インスリン1単位で血糖値が何mg/dl低下するか)
1700ルール(超速効型インスリンの場合、1単位で血糖は(1700÷1日総インスリン量)mg/dl下がる)
は正しいが、より簡便には
インスリン1単位で血糖は50mg/dl下がる
ただし1日総インスリン量が30単位未満の場合、インスリン1単位で血糖は100mg/dl下がる
炭水化物/インスリン比(血糖を変えないためにはインスリン1単位で炭水化物何g必要か)
500ルール(超速効型インスリン1単位と見合う炭水化物(g)は500÷1日総インスリン量)はおおむね正しいが、日本人の場合は300~400ルールの方がよりあっている。朝は300ルール、昼・夜は400ルールなど。
より簡便には炭水化物10gあたり超速効型インスリン1単位。
CSIIの工夫
Basal
飲み会や焼き肉などの場合は、basalを120%~130% ×10時間
(ペン打ちの場合は、食前に中間型インスリンを持効型インスリンの20%~30%注射。)
Bolus
・食前の10~15分にうつのが理想的。
・ぎとぎと豚骨ラーメンの場合~まず7割を注射、3割は5時間のスクエアで。
カーボカウントとは
初めて食べるものの必要インスリン量を概算するためのものだ
米ハフィントン・ポストの衝撃
『米ハフィントン・ポストの衝撃』
牧野洋 著
アスキー新書
ハフィントン・ポストは1995年に創刊された米国のNo1ネット新聞だ。
一応日本版もある。
最近あることを契機にハフィントン・ポストに興味を持ち、この本を見つけたので読んでみた。
一言でまとめると、インターネット新時代を解説してくれる本としては梅田望夫『ウェブ進化論』以来の良書だった。紙媒体の新聞メディアの将来像を理解させてくれる。
本を読み終わってから著者に興味を持ち巻末の著者紹介を読んでみた。1960年生まれ、慶応卒。日経のニューヨーク駐在や編集委員を経て2007年に独立したジャーナリスト。秀逸だ。
ゲノムが語る生命像
『ゲノムが語る生命像』
講談社Blue Backs
本庶佑著
一番印象的だった記述は、日本学術会議が2012年8月、ゲノムコホート研究を推進すべしという提言を出したというくだり。いよいよGWASからwhole genome sequenceを用いた病気の原因遺伝子探索の時代へ移るのだな。
老化と発がん
東大循環器内科の小室先生の御講演を聞く機会があった。
先生が2007年のNatureに発表された、心肥大で虚血が起こる分子メカニズム(恒常的な圧負荷がかかると癌抑制遺伝子p53が誘導され、p53がHIF1の発現を抑制し、血管新生が阻害されて虚血になる)の解明研究についてさらに理解を深めることができた。
圧負荷や心筋梗塞などでDNA損傷が起きると、細胞は癌化する危険性が発生する。したがってDNA損傷により癌抑制遺伝子が発現する。癌抑制遺伝子は細胞の増殖を抑える作用を有するが、その中にHIF1発現抑制により血管新生を抑えるメカニズムも含まれるということ。
小室先生によると、細胞の老化の定義とは、「細胞が増殖を止めた状態」であるという。DNAが劣化してくると、細胞が増殖するときに癌化のリスクが増大するので、老化のメカニズムが発動し細胞は自発的に増殖を止めるという。つまり老化はがんの発生を抑制している。増殖を止めた細胞自体は代謝活動が活発であり、アポトーシスによる細胞死も起こさない。
心筋細胞や神経細胞など、もともと増殖しない細胞の老化の定義は難しく、まだ定義が存在しないという。
また近年、老化のマーカーと言える血中で測定可能な物質が同定されたという。それは補体のC1qであるという(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3529917/ )。
HIF1の臨床的な役割に関して、興味深い話もあった。重症な閉塞性動脈硬化症でPTAもバイパス手術もできない人に、単核球を足の筋肉に筋注すると、虚血を伴う心臓機能が改善するという。そのメカニズムは、単核球注射により筋肉細胞が再生を促されると、その筋肉細胞が相対的に虚血に陥りHIF1を放出する。それが局所の血管新生を促すだけでなく、心臓の血管新生をも促しているのではないかということ。
では、虚血性心疾患患者にASO加療を行うと、心臓の予後が改善するのだろうか。Pubmedで検索してみると、ASOをインターベンションすると薬物療法と比べて心血管病予後が改善するという報告が確かにあった(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3499211/ 、http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22790191 )。
老化を無理に抑えると発がんにつながるという含蓄あることばを、循環器内科の教授から拝聴するとは思っていなかった。すごいです。
PUFAの高中性脂肪血症改善の分子的機序
PUFAの脂肪酸β酸化の亢進機序;
PUFAはPPARα(フィブラートのターゲット遺伝子)の内因性リガンドでもある。
PUFAの脂肪酸合成の抑制機序;
①SREBP1cの切り出し抑制
SREBP1cは細胞膜から切り出されて活性上昇。
PUFAは膜からのSREBP1cの切り出しを抑制。
こちらの働きは比較的high sensitivity。
②SREBP1cの遺伝子発現抑制
SREBP1c遺伝子のプロモータ領域の、LXREより下流のSREにPUFAが結合して転写を抑制
こちらの働きは用量依存的だがlow sensitivity。